定年まであと

    1. 定年までどうする? 20代~60代、その一歩が踏み出せないでいる全ての人へ シフトチェンジ!

 どうする⁈ 定年まであと〇〇〇日!

 こんにちは、コレマタです。

 《定年まであと〇〇〇日を切った》今、その日を迎えるまでいったい何をすべきか?その後どう生きるのか?

 さすがに、新卒、20代、30代なら、定年という事では考えないでしょう。ただ、様々な事情で、もう今の会社にはいたくない!あるいは、いられない、はたまたどうしても辞めなければならない事情がある。

 入社以来安定というぬるま湯につかりながら、会社の中では、「一生懸命やって来たんだ、それでここまで来たんだ!」、「愛社精神もあり、精いっぱいやった、悔いはない!しかし定年、これからどうする?」あるいは定年ではないとしても、劣悪な人間関係や仕事内容はもとより、「自分にはどうしても合わない、何とか辞めたい」「本当は、やりたいことがあったけど、どうしてもかなわず今の会社にいる」。「会社がおかしくなって!経営者が変わって、体制についてゆけず」、「景気が悪くて給料も下がって生活も楽にならず、このままではじり貧、先行き不安で・・・」、「会社がダウンサイジング、リストラになりそうで・・・」そう考えると定年を待たずとも、年齢にかかわらず会社を辞める理由はどの世代にもいくらでもある。20代から40代なら、「もう少し時間はあるし、じっくり考えながらなにか別のスキルを身に着けけてから」・・・と考えている人。

 『今の自分は本当の自分?』

 ちょっと立ち止まって自問自答してみよう。ここでは、今でのサラリーマン生活の中、「本当は、何か自分に合ったもの、好きな事で生活できればいいんだけと・・・」と考えて、一歩踏み出せなかった、その勇気が無かった家族がある、安定した生活に変えられるものはなく冒険できなかった。そんな全ての人へ。

 定年を間近に控え、これから何をして生計を立てていくか、その準備のためになにをすべきか、じたばたしながらもがいている、それでもせっかくだから、最後に自分の好きな事で生計を立てたいと考えているものが、これから何を、一体どうするか? 頭の中では、おぼろげながらにも行きたい方向を見ようとするが、とても漠然としていて整理がつかない。そんな人が多いのではないか。そこでまずは、社会の中で雁字搦めになっている自分を見つめ直すところから、一度立ち止まって考えてみよう。

誰の何のせいでもなく自分自身で決めたこと。

 希望の会社に受かったから大満足、自分のやりたかった事の未来が見える!これなら問題なくいいでしょう。しかしどうでしょう?・・・今いる会社、今やっている仕事、就職活動で何社か受けて、受かったからそのまま就職。家庭の事情で今の仕事をしている。バイトの延長線上でそのまま就職、誰かの推薦紹介など、その時の流れのままで今の仕事をしている、はたまた、一度は自分のやりたいことに挑戦して、しかし不運にも失敗してもうこりごり。安定に変えられるものはないと、自分を殺して今の仕事。などなど、自分の意志とは違うところで仕事をしている。本当は、やりたい事は別にあった。そんな人も多い事でしょう。そして今、あの時本当は、ああしていれば、あの時勧められたのを断っていれば、あるいはやっていれば、もう少し良く考えていれば、全然違う人生になっていたんだろうな~?と後悔している人・・・ひょっとして今の自分⁈・・・

 でもそれは、すべて自分で決めた事。時に、人は苦境に立たされると誰かの何かのせいにしたがるもの。自分でも解っている通り、その時その時、判断したのは最終的に自分で、誰のせいでも何のせいでもなく自分で決めた事。ただただ、みんなが行くから逸れない様に、みんなと同じレールの上を走ろうと、生活と収入と、精神的安定を優先させて、周りにもそれが良いと言われ自分を無理に納得させて、これでいいと、自分自身に言い聞かせてて進んだ道。本当は、自分ではやりたい事があったけど、見通しのきかない苦難の道を進むことを決断できなかっただけ。一歩踏み出す勇気がなかっただけ。そして今、時はながれ残ったものは、・・・

 定年までの残された時間、何をしてどう過ごせばいいのか?解っている事はただ一つ、定年後も稼がなければならないと言う事。

 勝ち組?負け組? よく言われますね。

 

 一生食うに困らない十分な資産がある。左団扇でいられる不労所得がある。

 あるいは、特殊技能、資格免許、バイリンガル、幸いにも、今いる会社で培ったスキルがある、など退職後もすぐに仕事ができる得意分野がある。

   

 ならまだしも、資産もなければ、預貯金もそうない。退職金も僅か、つぶしの利く何かを持たない。住宅ローンは終わらない。子供はまだ学生。さて、いったいどうした事か?

 今はまだ、定年までかなりあるとしても、いずれ直面する問題、しかもこんな時代、一つの会社に終身雇用?で人生設計を立てられる時代・・・ではありませんね

 出来れば自分らしく。「そんな贅沢言ってる場合か?」天からの啓示か、頭の上から矢のような言葉が刺さった気がした。何か糸口はないかと、パソコンを開いて就職情報を見る。年齢が年齢なので当然絞られる。自分にフィットするものが見つからない。また、「だから贅沢いってないでちゃんと見ろ!」今度は先祖からの叱責か、耳の後ろのほうから罵倒する言葉が湧いてくる。就職情報を見るはずが、またすぐ脇道にそれる。なかなか集中できないのは、前世からの因果が邪魔してるのか。色々なニュースサイトやインターネットの動画を見てると、混沌とした世界情勢、あふれ出てくる様々な情報のカオス。悪魔が耳元で囁いた、「少し休めよ、今更あわてるな」、ちょっと気分転換にテレビでも見ようと、この期に及んでも自分自身に怠惰な言い訳をしながらチャンネルを回す。そこで見るのものは、朝から晩まで、違う顔で、違うチャンネルで繰り返される同じ言葉。つまらなくなって、またパソコンに向かう。今度こそはちゃんと調べるか~。と思いつつまた横道にそれる。せっかくだからその中から今の自分に必要なものを取り出そうとする。山のようにある映像、情報のガラクタの山、そんな中で見つけた光る言葉があった。

ちょっと寄り道

偉人名言

マハトマ・ガンジーの名言

あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。それをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである。

 ガンジーは1948年1月30日 凶弾に倒れるが、今から74年も前のことだ。そんな前に今に通じる言葉を残している。この名言の中での世界とは文字通り当時の全世界の"世の中”であり、これを現代に照らし合わせると、全世界の社会情勢、政治経済は勿論、それらを取り巻くメディアによる情報のこととなるであろう。朝から晩まで繰り返し喧伝される同じ言葉。ややもすると自分を見失いがちになる今。本当に大切な貴重なものが見つけにくいなか、ガンジーのこの言葉に出会えたのは幸運である。全てがめんどくさく、言われるまま、右を向いて左を向いているうちに、時に易きに流され自分を見失うことがある。情報に振り回され、そのまま鵜呑みにしていると、ここはどこ?私は誰? の思考停止状態になる。

 様々な不安や問題を抱えながら、自分らしさを失わず、これから定年までの残り僅かな時間、何をして、どうやって定年を迎えるか。またその先の向こう側でどう生きるか。その為に今までわずかながらでもやってきた事、無数にある失敗と挫折を踏まえて、先人の知恵を借りながら、そしてところどころ寄り道しながら、定年まで残された間、様々な形で自分らしく活きる在り方を紹介できれば。願わくば先輩諸兄、後輩同輩各位、少し暇なとき、ちょっと寄り道して覗いてみて、何かヒントになれば、あるいはヒントを頂ければ幸いです。そして忘れてはならない事が一つ・・・いつも明るく、時代を斜めに切るアイロニーを、ウイットとユーモアで皆さんと共有できれば幸いです。

 そう、肝心なことを忘れてました。このブログの名前 《コレマタ》ですが、ガンジーの残した、言葉は、いつの世にあっても普遍的な事、他に流されず自分が自分で在るために 大切なものですが、コレマタもまた、同じ意味合いを持つものとしてかなり以前から使っているもの。いわれは、そう、かの有名なクレイジーキャッツのメンバーで希代のコメディアンにして、昭和の大スター 植木等 の映画の挿入歌から来ています。当時、高度経済成長期、良いか悪いかは別にして、良くも悪くもその時代、最も新しい、自分があった、いや、自分を貫いた、いや、調子に乗りすぎた、いや、取り残された、いや、自分勝手、大きな勘違い、いやいやそんなことはない!新たな時代の幕開け、時の過ちに楔を打った!それがこの迷曲?、いや名曲!

こら又どう云う訳だ!世の中まちがっとるよ!

 曲名:遺憾に存じます  歌手:植木等  作詞:青島幸雄  作曲:萩原哲昌

 こら又どう云う訳だ 世の中 間違っとるよ 誠に 遺憾に存じます

出典 Uta-Net より引用

 この歌の、こら又が、コレマタになったという事で、これが、ガンジーの名言と重なったとい云うわけです。 え? 世界の偉人と一緒にするな!いや~ごもっとも 誠に遺憾に存じ~ま~す!

 ちょっとだけ横道にそれたのでもとに戻そう。

 好きな事で生計を立てる!可能?

 ライフワークそれともライスワーク⁈

 雑誌だか、ブログかyoutubeで見たり聞いたりしたと思うが、どこだか忘れてしまいました。思い出したらまた書きます。いずれ今の会社、仕事をやめようと思っている、20代から50代前半までなら、長い短いはあるにせよ、辞める為の準備用意期間はある程度できるでしょうが、55歳過ぎるとなかなか悠長なことも言ってられません。ただ今まで培ってきた経験キャリア、その道の専門家?なかなかすてられるものではないでしょう。

 好きでやってきた、あるいは人生を傾けて、一生を通じてやり遂げる価値があると思える仕事、それは金銭に代えられるようなものでない、と思えるなら、それはライフワーク。生きていくため、生活のため、家族のため、より良い年収、地位、大企業に入り、自分の意志に反することはあっても、と思いながら続けてきて多少なりとも妥協しながら飯を食うためにやってきた仕事は、ライスワーク。さて、今どっちをやっているんだろう?または、両立・・・? 自問自答するところから、仕事を始めた頃、本当にやりたかった事、なりたかった自分、そう、《原点を見つめて》次はそこから今後を考えよう。